小林 奏貴
ARTIST DETAIL
1984年2月17日生。
現 江戸小唄中村派 十八代 宗家 中村市之輔(三代目 月野照玉)が父、民謡舞踊界のトップ、子スズメ民踊楽園・子スズメ会の三世 松浦そよ子が母という芸一家に生まれる。
出生両家(父方・母方)
父方は唄・三味線演奏家 三弦歌 月野流 月野照玉(小林照玉)(初代の音源は現在も国立国会図書館で保存されている)、また十七代まで中村勘三郎が継承し、故 市丸が十七代を受け継いだ「江戸小歌」を父である現十八代 宗家 市之輔(三代目 月野照玉)が託され継承し、奏貴も修行中である。
母方は民俗舞踊を保存・継承し、民俗舞踊界のトップを走り続けている子スズメ民踊楽園・子スズメ会、祖父であり創始者(1世)故 松浦森勝(師)は東京オリンピックの演出の一部でも活躍し、会員も大勢参加し歴史的なイベントでも数々召喚を受け、貢献している。創立からは60年を超え、海外公演も20ヵ国を超える実力派団体である。
奏貴の略歴
産まれてから玩具代わりに三味線や太鼓を持ち、踊りに携わり、1歳の時に日本武道館で初舞台、13歳でフランス・パリ市長より召喚出演、14歳でNHK初出演と数々の舞台を踏み、民謡舞踊大会においては15歳初優勝(当時最年少)をきっかけに数々の受賞歴を持ち、内閣総理大臣賞、文部科学大臣賞、参議院議長賞を3回ずつ受賞。他、産経新聞社賞など多数受賞。
平成7年にユニット「郷みん‘S」を結成し平成21年に1stアルバム「虹の架け橋」、平成25年に2ndアルバム「真~うたまいルネッサンス~」を発売。太鼓は子スズメ会創始者 松浦森勝に踊りの地方太鼓を、小林照玉に民謡太鼓を習っていたことにジャズドラムの経験を組み入れて独学し、独自の和太鼓の世界を表現する。他にも唄・囃子を努めており、2ndアルバムにはエクストラトラックとして奏貴の舞踊映像も収録されている。
北は北海道から南は沖縄まで全国各地の民謡舞踊を踊り、全国の舞台はもちろん、テレビ・ラジオ・創作曲やCMの振り付けなどでも活躍し、多岐に渡り才能を発揮し、各分野の創作や保存にも貢献している期待の若手表現家である。
兼任業務・資格
一般社団法人 日本郷土民謡協会 公認教授。
一般社団法人 みらいみんよう 舞踊部代表。
東京都 伝統文化 非常勤講師。
ヤマタノオロチ(郷みん‘Sコンサート)
現 江戸小唄中村派 十八代 宗家 中村市之輔(三代目 月野照玉)が父、民謡舞踊界のトップ、子スズメ民踊楽園・子スズメ会の三世 松浦そよ子が母という芸一家に生まれる。
出生両家(父方・母方)
父方は唄・三味線演奏家 三弦歌 月野流 月野照玉(小林照玉)(初代の音源は現在も国立国会図書館で保存されている)、また十七代まで中村勘三郎が継承し、故 市丸が十七代を受け継いだ「江戸小歌」を父である現十八代 宗家 市之輔(三代目 月野照玉)が託され継承し、奏貴も修行中である。
母方は民俗舞踊を保存・継承し、民俗舞踊界のトップを走り続けている子スズメ民踊楽園・子スズメ会、祖父であり創始者(1世)故 松浦森勝(師)は東京オリンピックの演出の一部でも活躍し、会員も大勢参加し歴史的なイベントでも数々召喚を受け、貢献している。創立からは60年を超え、海外公演も20ヵ国を超える実力派団体である。
奏貴の略歴
産まれてから玩具代わりに三味線や太鼓を持ち、踊りに携わり、1歳の時に日本武道館で初舞台、13歳でフランス・パリ市長より召喚出演、14歳でNHK初出演と数々の舞台を踏み、民謡舞踊大会においては15歳初優勝(当時最年少)をきっかけに数々の受賞歴を持ち、内閣総理大臣賞、文部科学大臣賞、参議院議長賞を3回ずつ受賞。他、産経新聞社賞など多数受賞。
平成7年にユニット「郷みん‘S」を結成し平成21年に1stアルバム「虹の架け橋」、平成25年に2ndアルバム「真~うたまいルネッサンス~」を発売。太鼓は子スズメ会創始者 松浦森勝に踊りの地方太鼓を、小林照玉に民謡太鼓を習っていたことにジャズドラムの経験を組み入れて独学し、独自の和太鼓の世界を表現する。他にも唄・囃子を努めており、2ndアルバムにはエクストラトラックとして奏貴の舞踊映像も収録されている。
北は北海道から南は沖縄まで全国各地の民謡舞踊を踊り、全国の舞台はもちろん、テレビ・ラジオ・創作曲やCMの振り付けなどでも活躍し、多岐に渡り才能を発揮し、各分野の創作や保存にも貢献している期待の若手表現家である。
兼任業務・資格
一般社団法人 日本郷土民謡協会 公認教授。
一般社団法人 みらいみんよう 舞踊部代表。
東京都 伝統文化 非常勤講師。
ヤマタノオロチ(郷みん‘Sコンサート)



